新着情報

心の栄養 心の栄養 2021年04月4日

……………………
「発想法」
……………………

松永安左エ門は三十三歳のとき、
株に失敗、借金だけを残してスッテンテンになった。

その当時、人生は五十年といわれた。

このとき彼は人生五十年なら、
まだ十七年もあると考えた。

十七年しかないとは考えなかった。

そして、十七年もあるなら、
しばらく遊ぶのもよかろうと思った。

遊ぶとはいっても、酒色や歌舞音曲の類ではない。
暮しの些事にとらわれるのは煩わしいと、
二年分の家賃を工面して神戸の灘に家を借り受け、
中国古典の勉強に沈耽したのだ。

自分は何のために生まれてきたのか、
何のために事業家になったのかを
古典を通して追求したのである。

危機に遭遇して人生の原理原則に立ち返る。
この発想法こそ「電力の鬼」と称された
松永の人格を創ったのである。

伝記作家の小島直記氏から聞いた話である。

『少女ポリアンナ』という小説がある。

早く母を亡くした少女ポリアンナは、
父からどんな出来事の中にも一つだけよかったと
思えるものを見つけなさい」と聞かされて育った。

だが、その父にも死なれてしまう。

孤児になったポリアンナ。
悲しいこと、辛いことが次々と起こる。

だが、彼女はその悲しみ、辛さの中にも
「よかった」と思えるものを見つけようとする。

そして彼女のこの姿勢は周りの人びとを変え、
彼女の人生を輝かせていく
――発想一つで彩りを変える人生を
ポリアンナは生きたのである。

トインビーは

「歴史はチャレンジ・アンド・レスポンス
(挑戦と応戦)の繰り返しで進展していく」

といった。

世界は絶えず、一方でチャレンジが起こる。
そのチャレンジにどうレスポンスするか。
そのレスポンスが安定か動乱か、
繁栄か荒廃かの分かれ道になる。

何も歴史にとどまらない。
我々の人生もまたチャレンジとレスポンスの連続である。

さまざまな出来事にいかに対応するか
――その発想に成功不成功の人生がかかってくるのだ。

松永安左エ門とポリアンナ。

二人の発想法から、私たちが学ぶものは多い。

お知らせ 4月の休診日 2021年04月4日

4月11日 日曜

4月14日 水曜

4月29日 木曜

勝手ながら休診のさせて頂きます

心の栄養 心の栄養 2021年01月31日

…………………………………………
「努力の上の辛抱という棒を立てろ」

 桂 小金治(タレント)
…………………………………………

十歳の頃、僕にとって忘れられない
出来事があります。

ある日、友達の家に行ったら
ハーモニカがあって、吹いてみたら
すごく上手に演奏できたんです。

無理だと知りつつも、家に帰って
ハーモニカを買ってくれと
親父にせがんでみた。

すると親父は、「いい音ならこれで出せ」と
神棚の榊の葉を一枚取って、それで
「ふるさと」を吹いたんです。

あまりの音色のよさに僕は思わず
聞き惚れてしまった。

もちろん、親父は吹き方など教えてはくれません。

「俺にできておまえにできないわけがない」

そう言われて学校の行き帰り、
葉っぱをむしっては一人で草笛を練習しました。

だけど、どんなに頑張ってみても
一向に音は出ない。

諦めて数日でやめてしまいました。

これを知った親父がある日、

「おまえ悔しくないのか。
俺は吹けるがおまえは吹けない。
おまえは俺に負けたんだぞ」

と僕を一喝しました。

続けて、

「一念発起は誰でもする。
実行、努力までならみんなする。
そこでやめたらドングリの背比べで終わりなんだ。
一歩抜きん出るには努力の上の
辛抱という棒を立てるんだよ。
この棒に花が咲くんだ」

と。

その言葉に触発されて僕は来る日も来る日も
練習を続けました。

そうやって何とかメロディーが
奏でられるようになったんです。

草笛が吹けるようになった日、
さっそく親父の前で披露しました。

得意満面の僕を見て親父は言いました。

「偉そうな顔するなよ。
 何か一つのことができるようになった時、
 自分一人の手柄と思うな。

 世間の皆様のお力添えと感謝しなさい。

 錐(きり)だってそうじゃないか。
 片手で錐は揉めぬ」

努力することに加えて、
人様への感謝の気持ちが生きていく上で
どれだけ大切かということを、
この時、親父に気づかせてもらったんです。

翌朝、目を覚ましたら枕元に新聞紙に包んだ
細長いものがある。

開けてみたらハーモニカでした。

喜び勇んで親父のところに駆けつけると、

「努力の上の辛抱を立てたんだろう。
 花が咲くのは当たりめえだよ」

子ども心にこんなに嬉しい言葉はありません。

あまりに嬉しいものだから、
お袋にも話したんです。

するとお袋は、

「ハーモニカは三日も前に買ってあったんだよ。
 お父ちゃんが言っていた。
 あの子はきっと草笛が吹けるようになるからってね」

僕の目から大粒の涙が流れ落ちました。

いまでもこの時の心の震えるような感動は、
色あせることなく心に鮮明に焼きついています。

今日も一日 素晴らしい笑顔で幸せを

心の栄養 心の栄養 2021年01月30日

囲碁史上初の5冠
(名人・十段・天元・王座・碁聖)を達成された
囲碁棋士・張 栩さんのお話を
ご紹介いたします。

…………………………………………

「負けず嫌いにもレベルがある」
 張 栩(囲碁棋士)
…………………………………………

持ち時間は対局によって異なりますが、
午前十時に始まった対局が
午後十一時過ぎに終わることもあります。

その間、頭は常にフル回転ですから、
心身共にへとへとに疲れます。

一度の対局で二~三キロ体重が減ってしまう
棋士もいるくらいです。

「そんなに長い間、集中できるの?」

と思われるかもしれませんが、
途中で眠気を催したり、気を抜いたりしては
命取りですから、普段から
「脳の体力」を鍛えることは意識し続けてきました。

例えば、若い頃は日本棋院での対局を終えて
家に帰ってきた後、疲労困憊の状態で、
さらにインターネットでまだ打っていました。

疲労し切った脳をさらにギリギリに絞る。
そんなイメージでしょうか。

いまでも、疲れて寝る前に布団の中で
その日打った碁を頭の中で再現してみます。
それも超高速で。

スポーツでも何でもそうだと思いますが、
普段できないことは本番でもできません。

集中力についても同じだと思います。
いざ対局の時に絞り出そうとしても、
いきなりはできない。

普段から疲れた脳に最後のひと仕事を
させる訓練をしておくべきだと思います。

もっとも、僕はそれを「努力」とは
思っていないんですね。
囲碁が好きだから、全く苦痛ではない。

囲碁が好きなことは棋士である以上、
とても大切な資質だと思いますね。

好きじゃないとすべてが苦しくなってきます。

その他、プロ棋士に共通する資質として、
やっぱり勝負に対する執念はものすごいですよね。

簡単にいえば「負けず嫌い」。

なんだ、当たり前だと思われるかもしれませんが、
僕は「負けず嫌い」にも段階があると思っています。

まずは「その場だけの負けず嫌い」。

勝負の世界に限らず、
負けるのが好きという人はそうそういませんから、
やはりやるからには当然勝利を目指すわけです。

しかし、それがその場限りのものであっては
「負けず嫌い」とはいえないと思うんですね。

自分が勝ちたい、もっと上手くなりたいと思ったら、
練習を積んだり体調を整えたり準備をするはず。
これが次の段階です。

趣味で取り組んでいるものであれば、
正しい努力と準備を行っていけば、
相当のレベルにまで到達すると思います。

しかし、「真の負けず嫌い」は
さらにもう一段階上じゃないかなと。

それは「自分の人生のすべてを賭けて」
という部分が加わってくると思うんです。

一道を極めている人は必ずどこかの時期で
この経験をしていると思います。

囲碁のように白黒はっきりつく
勝負の世界に限らず、事業家でも芸術家でも、
どこかで人生を賭けた
大一番の勝負をしているはずです。

一度は寝食を忘れすべてを注ぎ込む時期を
経ない限り、道はひらけていかないと思います。

今日も素晴らしい一日に感謝

心の栄養 心の栄養 2021年01月30日

囲碁史上初の5冠
(名人・十段・天元・王座・碁聖)を達成された
囲碁棋士・張 栩さんのお話を
ご紹介いたします。

…………………………………………

「負けず嫌いにもレベルがある」
 張 栩(囲碁棋士)
…………………………………………

持ち時間は対局によって異なりますが、
午前十時に始まった対局が
午後十一時過ぎに終わることもあります。

その間、頭は常にフル回転ですから、
心身共にへとへとに疲れます。

一度の対局で二~三キロ体重が減ってしまう
棋士もいるくらいです。

「そんなに長い間、集中できるの?」

と思われるかもしれませんが、
途中で眠気を催したり、気を抜いたりしては
命取りですから、普段から
「脳の体力」を鍛えることは意識し続けてきました。

例えば、若い頃は日本棋院での対局を終えて
家に帰ってきた後、疲労困憊の状態で、
さらにインターネットでまだ打っていました。

疲労し切った脳をさらにギリギリに絞る。
そんなイメージでしょうか。

いまでも、疲れて寝る前に布団の中で
その日打った碁を頭の中で再現してみます。
それも超高速で。

スポーツでも何でもそうだと思いますが、
普段できないことは本番でもできません。

集中力についても同じだと思います。
いざ対局の時に絞り出そうとしても、
いきなりはできない。

普段から疲れた脳に最後のひと仕事を
させる訓練をしておくべきだと思います。

もっとも、僕はそれを「努力」とは
思っていないんですね。
囲碁が好きだから、全く苦痛ではない。

囲碁が好きなことは棋士である以上、
とても大切な資質だと思いますね。

好きじゃないとすべてが苦しくなってきます。

その他、プロ棋士に共通する資質として、
やっぱり勝負に対する執念はものすごいですよね。

簡単にいえば「負けず嫌い」。

なんだ、当たり前だと思われるかもしれませんが、
僕は「負けず嫌い」にも段階があると思っています。

まずは「その場だけの負けず嫌い」。

勝負の世界に限らず、
負けるのが好きという人はそうそういませんから、
やはりやるからには当然勝利を目指すわけです。

しかし、それがその場限りのものであっては
「負けず嫌い」とはいえないと思うんですね。

自分が勝ちたい、もっと上手くなりたいと思ったら、
練習を積んだり体調を整えたり準備をするはず。
これが次の段階です。

趣味で取り組んでいるものであれば、
正しい努力と準備を行っていけば、
相当のレベルにまで到達すると思います。

しかし、「真の負けず嫌い」は
さらにもう一段階上じゃないかなと。

それは「自分の人生のすべてを賭けて」
という部分が加わってくると思うんです。

一道を極めている人は必ずどこかの時期で
この経験をしていると思います。

囲碁のように白黒はっきりつく
勝負の世界に限らず、事業家でも芸術家でも、
どこかで人生を賭けた
大一番の勝負をしているはずです。

一度は寝食を忘れすべてを注ぎ込む時期を
経ない限り、道はひらけていかないと思います。

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